2010年代以降、日本の農業では「強い農業」という言葉が聞かれるようになり、より競争力の高い農業が求められているようになっています。
そうした流れや農業を取り巻くさまざまな問題に対応すべく、国が策定し定めたのが農業競争力強化支援法です。
この政策はどのような内容で、どんな効果が期待できるのか。その中身を解説していきます。
農業競争力強化支援法とは
農業競争力強化支援法は、農業の競争力強化を図るため、農業資材事業や農産物の流通・加工事業で事業再編や改善を促すための支援策を法制化したものです。
具体的には農業資材価格の引き下げや、流通・加工業界の構造の変革などをやりやすくするために、該当する事業者に対し税制や資金調達などを支援するルールが定められています。
この支援法は平成29年5月に公布、8月に施行されました。
農業競争力強化支援法制定の目的
農業競争力強化支援法は「農業者(農家)の競争力の強化を支援すること」と、「農業や生産関連事業が健全に発展すること」によって、農業者の努力だけではどうにもならない構造的な課題を解決することが目的です。そのために必要になるのが、
- 良質で低廉な農業資材の供給
- 農産物流通等の合理化
を進めるための取り組みです。
ここでいう「農業資材」とは、肥料や飼料、農薬、種子などのほか、農業機械やビニールハウス、作業小屋、スマート農業設備など、農業生産に必要な資材全般を指します。
農業資材業者を支援する理由
この強化支援法で農業資材関連業者に支援が必要なのは、
- 農業資材は生産費の中でも割合が大きく、諸外国と比較しても高価格であること
- 同じ銘柄でも購入先によって価格差があり、一定しないこと
- 農業資材⼩売・卸売業社の経営難問題
という問題があるからです。
特に日本の農業資材の⼩売・卸売業者はその87%が従業員数9⼈以下で、4⼈以下の企業も半数以上という零細企業のため、経営者の⾼齢化や後継者不⾜により廃業するケースも続いています。こうした資材関連業者の経営が定まらない状況は、資材を実際に購入する農業者にとってもデメリットになります。
農業者が競争力を上げるためには、こうした資材や機械への支援が不可欠であるというのが農業競争力強化支援法の主旨になるのです。
農業競争力強化プログラムとの違いは
世界的な農産物の自由化の流れに伴い、長年に渡り日本の農業に高い競争力を持たせようとする政策が提示されています。その一つに2018年から実施されている「農業競争力強化プログラム」があります。当記事のテーマである農業強化支援法とはどのような関連があり、どのような違いがあるのでしょうか。
多岐にわたる農業強化支援策
農業競争力強化プログラムは、農業の競争力を強化し、農業者の所得を上げるために取り組むべき内容の方向性をまとめた計画のことです。
このプログラムでは国内農業の競争力を高め、農業者の所得を向上させるために、人材力の強化や、収入保険制度の導入、飼料用米の推進など13の取り組むべき計画が提示されています。
農業競争力強化プログラムについての詳細は、別の記事で取り上げていますのでそちらもご参照ください。
強化支援法は何が違う?
対して農業競争力強化支援法が農業競争力強化プログラムと異なるのは、後者がさまざまな分野で取り組むべき施策の方向性を示しているのに対し、強化支援法では
- 農業資材価格や流通・加工業の合理化に焦点
- より具体的な支援内容や法整備
を進めている点が異なります。
農業競争力強化支援法でも、強化プログラムで提示されているさまざまな構造改革を引き続き実施すると明記されていますが、特に重点が置かれているのが、農業資材や流通分野での事業再編支援です。
農業競争力強化支援法の概要
ここからは、農業競争力強化支援法の具体的な内容について説明していきます。
支援を受ける分野
前述の通り、農業競争力強化支援法では、「農業資材分野」と「流通・加工分野」の2つの分野での事業再編が軸になります。
支援の対象になるのは、次のような事業を行う事業者となります。
- 農業資材分野
- 肥料・農薬・配合飼料の製造事業
- 肥料・農薬・配合飼料・農業機械の卸売・⼩売事業
- 農業⽤機械製造事業
- 農業⽤ソフトウェア作成事業
- 農業⽤機械の利⽤促進に資する事業(農業⽤機械の賃貸事業、農業⽤機械を⽤いた農作業請負事業など)
- 種苗の⽣産卸売事業
- 流通・加工分野
- 飲食料品の卸売事業(米穀や生鮮食料品等の卸売事業者)
- 飲食料品の小売事業(食品スーパーなど量販店やお菓子屋さんなど専門店)
- 飲食料品の製造事業(小麦粉や牛乳・乳製品、その他食料品の製造事業者)
何を支援する?
では事業再編のためにどのような支援が行われるのでしょうか。
農業競争力強化支援法は、税制・金融・その他の分野の3つで支援が行われます。
税制面
税制面での優遇は、
- 会社の合併や分割などを⾏う際の登録免許税
- 設備投資にかかる減価償却の特例
の2つで税の軽減措置を受けることができます。
設備投資は5年の間、普通償却限度額の35%(建物や設備などは40%)の割増償却によって法⼈税などが軽減されます。
金融面
強化支援法の中でも手厚い支援を受けられるのが金融面です。
措置の内容としては
- 低利融資:施設の改良や取得などに関わる費用や、他事業者の株式の取得など
- 債務保証:⺠間⾦融機関からの借⼊れの50%(最大25億円)に対し債務を保証
- 信⽤状の発⾏(スタンドバイ・クレジット):事業者とその海外現地法⼈が海外で事業再編を行う場合、現地での資⾦調達を⽀援
などがあります。
なお、低利融資と信⽤状の発⾏は中小企業のみが対象です。また飼料製造事業のみ、事業再編計画に対してより有利な低利融資が得られます。
手続き面
その他の支援措置としては、手続きに関するものです。
- 事業譲渡における債権者に対する催告の⼿続きの簡素化
- 農林水産省共通申請サービス(通称:eMAFF)による申請手続きのオンライン化
があります。
前者は、事業者が事業譲渡に伴い債務を移転する場合、債権者への催告の通知を⼀括化できるものです。
後者のeMAFFによるオンライン申請は、申請窓口の一本化や申請情報の蓄積により、紙での管理が不要になるもので、令和5年4月から開始されています。
支援を受けるには?
農林水産関連事業者が強化支援法に基づく支援を受けるためには、事業再編計画または事業参入計画を作成する必要があります。
作成する計画の内容としては
- 良質かつ低廉な農業資材の供給または流通・加工の合理化につながるもの
- その計画が農業者の⽣産性や所得の向上にどれだけ貢献できるかという数値⽬標
- 生産性や財務内容の健全性にどれだけつながるか
といった取り組みが求められます。
事業者からの申請を受けた関係省庁では、強化支援法の内容を踏まえ、認定要件に基づいて判断を下します。
主な認定要件としては
- 国の定めた実施指針に照らし適切であること
- 計画に記載した取り組みが、農業者のコスト低減や農業所得の向上に効果があると⾒込まれる
- 従業員の地位を不当に害するものでないこと
- 適正な競争を阻害しない、一般消費者と他の事業者の利益を不当に害しないこと
などを満たす必要があります。
また計画期間は5年以内で、技術的・資⾦的に実施可能であることも重視されるため、事業に必要な資⾦額や調達⽅法も明記されている必要があります。
具体的な取り組み
ここで言われている事業再編や事業参入に当たる取り組みとしては、
- 事業の合併、分割
- 農業資材の⽣産または販売事業の譲渡・譲り受け
- 資産の譲渡・譲り受け
- 株式の交換・移転、他社の株式または持分の取得あるいは譲渡
- 出資の受⼊れ
- 会社の設⽴または清算
- 保有する施設の相当程度の撤去または設備の相当程度の廃棄
- 新たな⽣産・販売⽅式や設備の導⼊
- 設備等の利⽤による農業資材の⽣産または販売の効率化
などがあげられます。
農業者にはどんな恩恵がある?
農業競争力強化支援法は、関連事業者を対象にした支援策になります。
では農業者にとってのメリットはどうでしょうか。これらの強化支援法によって関連事業者の再編が進むことは、ほんとうに農業者の競争力や所得の向上につながるのでしょうか。
農業者のメリット①農業資材の安定供給
農業資材関連業者の事業再編が行われることで、彼らから資材を購入する農業者にとっても
- 質の良い資材を安く購入でき、⽣産コスト削減と所得向上につながる
- 農業資材業者の経営が安定すれば農業者への供給も安定する
といったメリットがもたらされる可能性があります。農業資材業者の多くは、単に販売のみならず、資材の品質や使い方・技術指導など顧客たる農業者に対しきめ細やかなサービスも行っています。
農業者のメリット②スマート農業を導入しやすくなる
今回の強化支援法では、新たに農業⽤ソフトウェア作成事業者も支援の対象に加えられました。こうした事業者が参入しやすくなることで、農業者にとってもスマート農業をより導入しやすくなります。期待できるメリットとしては、
- レンタル・リースやシェアリングなどの活⽤による導入のしやすさ
- 航空法に基づく⾶⾏許可・承認が必要なドローンによる農薬散布・施肥の代行事業
- 農業資材・農産物の取引条件など「見える化」による農業者への情報提供
などがあげられます。
農業者のメリット③流通の合理化による恩恵
農産物流通の合理化は、生産者である農業者へも良い効果をもたらします。
「流通の合理化」とは、例えば生産者と小売店舗の直接取引を増やす、卸売や仲買人の役割を見直すことで物流を効率化するなどといった取り組みになります。
結果的に、農業者にとっては販売コストの低減や販路の新規開拓などにより、農業経営の安定化や競争力の向上につながっていきます。
農業競争力強化支援法による事業再編の例
最後に、事業の再編や参入計画を通じて、実際に農業競争力強化支援法による認定を受けた企業の事例を紹介していきます。
事例①(株)ルートレック・ネットワークス
この会社では、施設栽培農家向けの養液土耕自動化システム「ゼロアグリ」を製造・販売しています。これは、日照や土壌などの情報をセンサーで把握し、自動的に培養液(水と液肥)を管理、施用できるシステムです。
同社では、このシステムを代理店による販路拡大や定額サービスの採用などで安価に導入できる仕組みを構築し、良質かつ低廉な農業資材の供給につながるとして事業参入計画の認定を受けています。
事例②やさいバス(株)
やさいバス(株)は、静岡県の青果卸売業の子会社として設立されました。
この事業では、自社の保冷車を使って数か所の集配拠点(停留所)を回り、そこで生産者からの出荷と購入者への配送・販売を同時に行うという取り組みを行っています。
その後親会社から青果卸売事業を譲り受け、インターネットでの受発注と物流システムの構築や加工食品の開発・販売にも乗り出すなど、流通の合理化のための事業再編が認められ、強化支援法による新たな支援措置を受けています。
事例③中橋商事(株)
石川県の米穀業者であるこの会社では、設備の廃棄や新設によって事業の再編を行いました。認定された具体的な計画内容としては、
- 老朽化した精米工場の一部設備を廃棄し、新たな精米設備を導入
- 配送センターと直売所を新設する
ことにより、精米の品質と処理能力を向上させ、1.5倍増の国産米調達につなげています。
こうした計画が認められ、同社は強化支援法による低利での融資と減価償却の特例措置を受けています。
事例④名古屋青果株式会社
愛知県で物流の整備や拡大事業を行っているのが地元の青果物問屋である名古屋青果です。
この会社は、地方卸売市場の運営会社を子会社化し、敷地内に自前の加工・流通施設を設置し、拡充しました。
これによって流通拠点を拡大し、全国の生産者や出荷団体から売買委託を受けた青果物の安定供給と物流の効率化につなげ、消費者ニーズに対応した商品の高付加価値化を図っています。こうした流通の合理化への取り組みが「事業再編計画」で認定され、日本政策金融公庫による低利融資を受けることが可能になっています。
まとめ
農業競争力強化支援法は、農業者の生産活動をハード面や制度面で支援するために制定されました。特に金融や税制面での支援内容が明確に整備されたことで、資材や流通・加工関連産業に新しい動きが出てきています。
今後さらに資材や流通加工関連での再編や参入が活発になっていくことで、多くの農業者にとっても波及効果が見込まれます。日本の農家がより効率的な経営を行い、生産性を高めることで、強い農業の実現が近づいていくことと思います。
参考資料
農業資材の供給の状況に関する調査について.pdf (maff.go.jp)
農業競争力強化支援法に基づき株式会社ルートレック・ネットワークスの事業参入計画を認定しました (METI/経済産業省)
農業競争力強化支援法に基づく事業再編計画の認定について(名古屋青果株式会社) -農林水産省 |BtoBプラットフォーム 業界チャネル (infomart.co.jp)
名古屋青果株式会社の事業再編計画の概要 (maff.go.jp)
出資事例 | 農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE) (a-five-j.co.jp)
農業競争力強化支援法、米で初の再編計画認定は石川・中橋商事(株) | 食品産業新聞社ニュースWEB (ssnp.co.jp)
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