農業において、作物の病虫害対策は最重要課題です。
作物を病気や害虫から守りつつ、安定した収穫を得るために、過去から現在に至るまで、さまざまな方法が考えられ、実践されてきました。今回紹介する耕種的防除もその一つです。
耕種的防除の基本的知識から、実用的な作付や活用例までを説明していきます。
耕種的防除とは
耕種的防除とは、栽培方法や品種、圃場の環境を整えることで病害虫の発生を抑えたり、被害を軽減させるやり方です。
「総合的病害虫管理(IPM)」の一つ
病害虫防除にはいくつかの方法があり、それらの全てをひっくるめたものが「総合的病害虫管理(IPM:Integrated Pest Management)」と呼ばれる病害虫管理方法です。
これは、化学農薬も含めた多様な方法や多角的な視点から病害虫を防ぐやり方です。耕種的防除もIPMの方法の一つで、その他には以下のような方法があります。
- 物理的防除:熱や光などを利用して病害虫を防ぐ方法。UVカットフィルムや防虫ネット、光反射シート敷設の他、敷きわらやポリマルチの被覆、土壌還元消毒などの技術を用いる。
- 生物的防除:生物を利用して病害虫を防除する方法。細菌、糸状菌、ウイルスなどの微生物や線虫、天敵昆虫を投入する他、毒性の弱いウイルスによる予防ワクチン接種、アイガモ農法などがある。
- 化学的防除:化学農薬を使った防除法。環境に影響の少ない種類や使用法が望まれている
耕種的防除の方法
これらの防除法に加え、耕種的防除は主に栽培の技術的な側面から病害虫が発生する条件を排除し、防除を行うものです。ここからは、その具体的な方法についてより細かく見ていきましょう。
抵抗性品種/抵抗性台木
抵抗性品種とは、病害虫に対して抵抗力のある作物の品種です。こうした品種を選んで作付けすることで、特定の病気の発生を抑えられます。かかりにくい病気の種類は作物の品種によって異なり、土壌に原因がある病気やウィルス、線虫などに強い品種が育成されています。
一方の抵抗性台木は、病害に抵抗力のある品種や他の作物を台木にして、そこに栽培する品種を接ぎ木することによって病虫害を防ぐものです。接ぎ木の親和性が高いものを選ぶことが条件ですが、効果は大きくなります。
輪作
輪作は、同じ土地に数種類の作物をローテーションで栽培する方法です。
同じ農地で同一の作物を毎年作り続けると土壌微生物のバランスが崩れ、病虫害が発生する連作障害が起きやすくなります。
これを防ぐために効果的なのが輪作です。
注意点としては、作付の間隔の目安となる輪作年限や、輪作をする野菜同士の相性などを考慮します。
混植
「コンパニオンプランツ」として近年注目されているのがこの混植です。
これは同時に異なる種類の植物を植えることで、性質の違いを利用して土壌の生態に多様性をもたらし、病虫害の発生を抑えるというものです。
日照量や水分の調整、土壌の活性化などにより、生育を促す効果も期待されます。
似たような技術に、カバークロップやリビングマルチがあります。
有機物施用/土壌改良
完熟堆肥などの有機物を施用することも有効なやり方です。
これは、土壌微生物の活動を活発にし、病原菌の発生を抑えてくれる効果があるだけでなく、作物の生育にも好影響を与えます。
土壌改良は、酸性に傾くことで起きやすくなる病害を防ぐため、石灰質などを入れることで土壌pHを正常に保つ方法です。ただし、作物によっては逆に被害が大きくなる病気もあるので注意しましょう。
圃場衛生
病害虫の発生を防ぐには、圃場そのものが病原菌の温床にならないような衛生管理が欠かせません。具体的には
- 収穫後の根や茎などの植物残渣や、雑草などの除去
- 微小害虫が寄生しやすい雑草の草取り
- 除去した植物残渣は放置せず、嫌気発酵または完全に堆肥化させる
- 農機具や靴など、土壌に触れた機材のこまめな洗浄・消毒
などを行います。収穫後だけでなく、栽培期間中にもまめに行うようにします。
環境管理
病虫害の発生する条件を適切に理解し、栽培環境を調整することで防除を行う方法です。具体的には
- 温度や湿度、換気の管理
- 水や施肥、液剤の使用量や、実施時間帯の管理
- 病気や害虫の発生時期を避ける種まきや作付けの実施
といった取り組みを、病虫害の種類や特徴に合わせて行うものです。
雨よけ栽培
雨よけを設置する方法は、野菜や果物、花卉などでよく使われます。これは雨の滴や土壌の跳ね上がりが原因で感染する病害を防ぐためです。防除効果が高く、病害の発生を減らす上で非常に有効な方法として知られています。
なぜ耕種的防除が重要なのか
耕種的防除を始めとするIPMは、1950〜60年代頃からその重要性が唱えられ、多くの防除法が取り入れられてきました。その多くは化学農薬の登場以前から伝統的に行われてきたものも、近年の技術改良によってもたらされたものもあります。
そうした耕種的防除やIPMへの注目度が、近年非常に高まっています。
重要性①化学農薬依存からの脱却
耕種的防除が重要視されている理由の一つとして、行き過ぎた化学農薬の使用に対する反省があります。第二次大戦前までは、その効果の高さから世界中で農薬が多用されましたが、その結果
- 過剰な農薬使用による作物残留
- 農薬費増加による農家経営の圧迫
- 薬剤抵抗力を持つ害虫による産地の崩壊
- 環境汚染や生態系の破壊
といった重大な問題を引き起こすようになりました。
こうした状況を改善するべく、農薬依存からの脱却を図るために提案されたのがIPMであり、耕種的防除の技術です。
重要性②環境保全型農業への注目
耕種的防除が注目されるもう一つの理由としては、現在国をあげて取り組みが進められている環境保全型農業との関連です。
これは「農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業」(引用:農林水産省ホームページ)のことを言います。
ここで対象になっている主な取り組みとしてあげられているのが
- 有機農業
- 堆肥の施用
- カバークロップ(被覆作物)/リビングマルチ
などであり、他のIPMの防除法の中でも、特に耕種的防除で行われている方法と重なる部分が多いことがわかります。
耕種的防除のメリット
耕種的防除はさまざまな方法や手順があり、一見大変そうに感じるかもしれません。しかし、作付や栽培に耕種的防除を採用することは、その手間に見合うだけのさまざまな有形無形のメリットがあります。
メリット①人にも環境にも、農作物にも優しい
耕作的防除の方法の多くには、古くからの農業の知恵が生かされています。
堆肥の施用や衛生管理など、人や環境への負担が少ない、より自然に近い健全な農作物は前述の環境保全型農業とも一番親和性が高い
土壌微生物の生態系を守ることで作物栽培に活用する
メリット②比較的安価で導入が簡単
もう一つの耕種的防除のメリットは、IPMの他の方法と比べ比較的安価に行えることです。
物理的防除は防虫ネットや黄色灯、UVカットフィルム、光反射マルチなど多くの道具が必要となり、それらにかかるコストは少なくありません。
また生物的防除では、生物農薬などのコストのほか、天敵農薬が別の二次害虫を招くなどの問題もあります。
耕種的防除は手間こそかかるものの、コストの面では優れているといえます。
メリット③化学農薬や化学肥料を低減できる
前述の通り、化学農薬の過度な依存は、動植物や自然環境に少なくない負の影響を与えてきました。そのため世界中では、化学農薬への規制を強めたり、利用を減らす動きが高まっています。
耕種的防除は栽培方法そのものを工夫することで病虫害防除を行うので、従来までの化学農薬依存から脱却することができます。
また化学肥料に関しても、有機物施肥や除草、混植などを行うことで、使用量を減らすことができます。
耕種的防除のデメリット
耕種的防除にはさまざまな効果が期待されるものの、決して万能ではありません。またいくつかの面で見た場合、短期的なデメリットもあります。
デメリット①効果の即効性がない
耕種的防除のデメリットとして、即効性に欠ける点があります。これは自然や土壌本来の環境を整えた農法であるため、化学農薬の使用や化学的防除に比べると、効果が目に見えて実感しづらいためです。また抵抗性品種や台木は、安価で導入が簡単ですが、品種の育成には時間がかかります。
デメリット②手間がかかり、多収が難しい
耕種的防除を用いた作付では、慣行栽培と比べて収穫量が少なくなるデメリットが生じます。栽培技術が進化したとはいえ、効率や収量といった点ではIPMを使った農法は、化学農薬や肥料を使った農法には敵いません。また、作物の種類や防除する病虫害ごとに適した方法が必要になるため、より多くの知識や技術、それに応じた対応も求められ、手間がかかるのが現実です。
デメリット③市場での評価が下がる場合も
抵抗性品種は現在多くの作物で利用されていますが、作物の味が微妙に変わることがあり、市場では価値が若干下がることがあります。
耕種的防除の活用例
有機農業や環境保全型農業の現場では、耕種的防除に基づく作付や栽培が数多く実践され、成果を上げています。
ここからは各種作物ごとに耕種的防除がよく使われる活用例を紹介していきます。なお、どの作物でも以下にあげる方法だけが使われているわけではなく、除草や残渣の処分、健康な種や苗の使用、連作の回避などの防除も行われています。
活用例①トマト
トマトなどナス科の野菜では、数多くの耕種的防除の方法が使われます。特に重要となる耕種的防除の方法は、
- 雨よけ栽培による菌核病や斑点病など各種病害の予防
- 日当たりや風通し、換気を良くする
- 抵抗性台木を使って青枯病や萎凋病を防ぐ
などがあります。抵抗性台木は、第2葉以上の高い部位で接ぎ木をすることで、従来の接ぎ木より効果が期待できます。
活用例②イネ
イネ(水稲)の耕種的防除で重要なのは、除草・植物残渣の除去や計画的な施肥、育苗の温湿度管理などです。
主なものとしては
- カメムシによる斑点米被害を抑制する水田周辺の除草
- 堆肥やカリなどの施肥によるごま葉枯病や小粒菌核病の予防
- 健全な種子を適正なpHや温度、土壌養分バランスで育成し、苗立枯病を防ぐ
のようなさまざまな工夫があります。
活用例③タマネギ・ネギ/ニラ
これらの野菜では、窒素が多すぎない、肥切れさせないなど特に肥料や堆肥の適切な管理が重要になります。このほか低湿地での栽培を避ける、排水を良好にするなど水はけを良くするなどの方法がよく使われます。
また病虫害が多発する圃場では、イネ科やマメ科作物で4年程度輪作を行います。
活用例④カボチャ/キュウリ/スイカ・メロン
キュウリなどウリ科の野菜では、低温多湿を避けるなどの温湿度管理が特に重要になります。そのほか雨よけ栽培を行う、日当たりや風通し、換気を良くするなども有効です。
また、つる割病の防除には抵抗性台木による接ぎ木を行う、メロンやキュウリでは抵抗性品種を使うなどといった対策も取られます。
活用例⑤リンゴ
リンゴの場合多くの病気は、落ち葉の処分、病幹部の切除、冬季の粗皮削りなどの措置が有効です。このほか、腐らん病の予防にはリンゴ園の土で土団子を作り、病幹部に張り付ける泥巻法なども行われます。
耕種的防除で安心・安全な生産を
今回紹介した耕種的防除は、個々の作物に適した方法が求められ、地域や気象という条件にも左右されるため、複雑で多様です。もちろん耕種的防除だけで全てが解決できるわけではありません。総合的には、物理的防除や生物的防除といったIPMを総合的に組み合わせたうえで、耕種的防除のメリットをフルに活用していくことが重要になってきます。
自然や環境本来の力を活かした持続的な生産は、これからの農業では避けて通れません。耕種的防除は、その手助けをするために発展させていくべき技術なのです。
参考資料
耕種的防除法とは/茨城県 (pref.ibaraki.jp)
【防除学習帖】第9回 病害の防除方法(耕種的防除)|防除学習帖|シリーズ|農薬|JAcom 農業協同組合新聞
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