ネコ型のロボットが登場する某国民的アニメには、不思議な性能を持った未来の秘密道具がたくさん登場します。
この秘密道具のひとつに、”対象となる物体の数を倍に増やすことができる”という驚くべき効果を持つものがあります。
仮にこの道具を自分の畑に使うことができれば、トマトやナス、リンゴやオレンジなどすべての農作物は倍になり、収穫も激増すること間違いなしでしょう。
「あー、こんな魔法のような道具が本当にあったらいいのになぁ…」
このように想像する農家の方も少なくないかもしれません。
実は、この秘密道具のように「倍」は無理でも、同じ植物体から実る作物の数を増やすことができる方法が存在するのです。それが「摘心」と呼ばれるテクニック。
「摘心」とは、一体どのようなものなのか?そして、摘心を可能とする「頂芽優勢」のメカニズムとは?
頂芽優勢とは?
頂芽優勢のメカニズム
摘心を紹介する前に、まずは頂芽優勢について解説していきましょう。摘心を行うためには、頂芽優勢のメカニズムを理解しておかなければなりません。
頂芽優勢とは、頂芽(茎の先端にある芽)の成長が側芽(茎の側方にある芽。「腋芽」とも呼ばれる。)の成長よりも優先される植物生理学的現象のこと。
分かり易い例は、多くの人が小学校の授業で育成したことのあるアサガオです。
アサガオは、放っておくとツルの先端がどんどん伸びて、いろんなところに絡みつこうとします。成長著しいこのツルが、いわゆる頂芽です。
小学生だった当時の私は、あまりの成長の早さに驚いた記憶があります。最も、私は早々にアサガオを枯らしてしまったため、隣の席の友人が育てているアサガオを観察しての結果ですが…(笑)
一方、頂芽とは対照的に、側芽の成長はあまり見られません。
これがまさに「頂芽優勢」の現象で、植物の成長に必要なエネルギーが頂芽に集中したことにより引き起こされたのです。
アサガオすら枯らしてしまう私が偉そうに頂芽優勢を語っていいものかどうか少し不安ですが、このまま解説を続けます。
そもそも、この頂芽優勢という現象はなぜ起こるのか?
植物の成長に必要不可欠なものといえば、水と…そう、太陽光です!太陽の光が当たってこそ、植物はどんどん成長していくわけですね。
しかし、見渡してみると、周囲には同じような植物がたくさん生えています。植物の立場としては、誰よりも多く太陽光を獲得したいわけです。
従って植物の頂芽の成長は、側芽よりも優先して行われるわけです。
人間社会で出世競争が起こっているように、植物界の中でも太陽光をめぐる熾烈な争いが繰り広げられているんですねぇ(+_+)
頑張れ!植物君!(誰?)
オーキシンとサイトカイニン
そしてこの「頂芽優勢」には、「オーキシン」「サイトカイニン」と呼ばれる植物ホルモンが深く関係しています。
オーキシン:植物の成長を促す植物ホルモンの一群
サイトカイニン:細胞分裂、シュート形成の誘導効果を持つ化合物の一群
以上、解説終了!
…という乱暴な解説ばかりやっていると、私は二度とライターとしての依頼が来なくなってしまいます(;・∀・)ということで、もう少し詳しく解説します。
まずは、サイトカイニンから。
サイトカイニンとは、植物の細胞分裂を促進させてくれる植物ホルモン。サイトカイニンが多ければ多いほど、植物はどんどん成長していきます。
このサイトカイニンが平等にいきわたれば、頂芽君も側芽君も平等に成長していくはずなのですが…
これを邪魔しているのが、頂芽君。頂芽君は、太陽光を獲得するために自分だけを優先して成長したいのです。
そこで頂芽君は、オーキシンという植物ホルモンを出します。するとどうでしょう、オーキシンが分泌されたことにより側芽におけるサイトカイニンの力が弱まり、結果、側芽の成長に使われるはずだったエネルギーが頂芽に集中するという現象が起こるのです。
ここまで読んで、「頂芽君はなんてひどい奴だ!!」などと思わないでくださいね。この奇跡ともいえるホルモンバランスは、直物が生き残るために必要なことなのですから。
摘心
「摘心」とは?
「頂芽優勢」のメカニズムが理解できたところで、次は「摘心」についての解説。
それにしても、「摘心」って凄い言葉ですねー。なんで「心」を「摘む」って書くんでしょうねー?
先ほど解説した頂芽優勢ですが、頂芽を切り取ってしまったらどうなると思いますか?
実は、頂芽が切り取られることによりオーキシンの分泌が無くなり、これまで抑制されてきたサイトカイニンが活発に動き出します。
そう、まるで妻が外出してしなくなった後の私のように!!
…冗談はさておき、サイトカイニンの分泌が活発になると、あら不思議、側芽君たちが大きく大きく育ちはじめます。
「じゃあ、わざと頂芽を切り取ってサイトカイニンを無くしたら、側芽(果物や野菜)が大きく育つんじゃね?」って発想の基に産まれたのが、「摘心」という技術。
野菜や果物は、実は側芽に実る「花」であることは、農家の方なら誰しもが知っているかと思います。
従って野菜や果物の場合、サイトカイニンが分泌されない方がより多くの収穫が期待できるのです。
「摘心」のやり方
摘心のやり方は至って簡単。伸びた茎の先端にある芽を、手でひねるかハサミで切って摘み取るだけ。
しかし、簡単だからと言ってボンボン切り取ってしまうのはよくありません。
摘心には、頂芽を摘み取るタイミングが重要になってくるのです。タイミングを外してしまうと、無駄な部分が成長してしまったりと十分に効果を得ることができません。
ということで、代表的な野菜や果物における摘心のタイミングについて一覧表にしてみました。是非とも参考にしてみてください。
種類 | 摘心時期 |
トマト | 収穫を終える40日前 |
きゅうり | 親ツルが150cm程に育った時 |
大葉 | 草丈30cm程度、葉が10枚程度になった時 |
ナス | 花がまだ蕾の時 |
ミニトマト | 植え付けてから2ヶ月後以降 |
アボカド | 3~5月頃 |
ゴーヤ | 双葉から伸びた親ツルから5~6枚くらい葉が出てきた時 |
バジル | 草丈が20cmになった時 |
とうもろこし | 錦糸と呼ばれるヒゲが出てきた時 |
かぼちゃ | 親ヅルに葉が4〜5枚ついた時 |
ソラマメ | 12月中~下旬頃 |
スイカ | 本葉が6枚の時 |
メロン | 子つるは葉が15~16枚になった時 |
りんご | 7月〜8月頃 |
みかん | 3月~4月頃 |
ぶどう | 5月下旬~7月中旬 |
パッションフルーツ | 梅雨が始まる前 |
キウイ | 1月~2月初旬 |
ラズベリー | 8月頃 |
バナナ | 本葉が5枚出た時 |
レモン | 3月頃 |
※ この表はあくまで基準であり、周囲の環境などによって時期が前後することをご理解下さい。
摘心のメリット・デメリット
では最後に、摘心を行うことにより得られるメリット・デメリットについてまとめていきましょう。
3つのメリット
メリット①収穫量の増加
これまでに何度も紹介してきたように、摘心をすることにより側芽の成長が促進され、収穫量がUPします。
種類によって異なりますが、ものによっては収穫量を2倍にすることも出来るようです。
収穫量2倍!?これって、あのネズミが嫌いなネコ型ロボットがポケットから出す秘密道具と一緒ですね!
農家とは、数を売ってなんぼの世界でもありますので、1本の茎から得られる収穫量が増えるのは大歓迎でしょう。
メリット②害虫予防になる
これもものによりますが、摘心をすることにより全体的な風通しが良くなり、さらには日当たりも良くなります。これが、害虫の発生予防に大きく貢献してくれるのです。
害虫は、どこからともなくやってきて、手塩にかけて育ててきた作物を食べ散らかしてしまう憎い奴。
ネットを張るなどの物理的な方法も効果的ですが、やはり一番は、作物の環境を改善してやることと言われています。
具体的には、日当たりと風通し。摘心は、この二つの要素を一気にクリアしてしまう超優秀な害虫駆除方法なのです。
メリット③品質の向上
摘心をすることにより側芽は太陽の光を多く浴びることができます。
これにより、例えば果物では糖分がより多く生成され、摘心をしない場合と比べて甘くておいしいものを収穫することができます。
同様に、多くの種類において「摘心をしたことによって味が良くなった」という報告が挙げられているそうです。
植物にとって太陽光が如何に大事なのかが実感できますね。
デメリット
基本的にはメリットの方が多い摘心ですが、デメリットを挙げるとするならば、それは失敗してしまうかもしれないというリスクです。
摘心を行う時期を間違えてしまった場合、オーキシンの分泌を抑制できず側芽の成長を促すことができないばかりか、生育不全に陥って出来損ないの作物が実ってしまう可能性があります。
さらに、切り取るハサミが不潔だったりすると、食物が病気になり最悪枯れてしまうかもしれません。
しかし、これらのデメリットは、対策を立てることで十分回避が可能です。
下調べをしっかり行い、計画的な摘心を心がけましょう。
まとめ
今回は、頂芽優勢のメカニズムと、そのメカニズムを利用した摘心という収穫テクニックを紹介しました。
頂芽優勢は、植物が生き残るために備わった特殊能力のようなものだったんですね。
人間が手を加えたわけでなく、植物に脳みそがあるわけでもないのに、自然のこのような能力が備わったというのはホント自然界の奇跡としか言いようがありませんね。
植物はロボットではなく生き物であるからこそ育成は難しいですが、逆にいえばそこが農家としてのやりがいを感じるポイントでもあります。
みなさん、是非「摘心」を試してみてくださいね!
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興味が湧きましたら、是非とも他の記事も読んでみてくださいね。
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