農作物を安全かつ効率的に栽培するためには、病虫害の防除は最も重要な仕事です。
しかし、自然を相手にする農業は不確定要素も多く、病虫害が発生してからの対策には手間もコストもかかります。
そのため、国や自治体では病虫害発生予察情報という情報を日々集め、病虫害の発生を事前に予測することで農作物生産をサポートしています。
発生予察情報とは
病虫害発生予察情報とは、国や各都道府県が農作物の病気や害虫の可能性を調査し、発生するおそれがあるものをあらかじめ予測したデータのことです。
農林水産省では
「有害動植物の防除を適時で経済的なものにするため、気象、農作物の生育状況、有害動植物の発生調査の結果等を分析し、有害動植物の発生予察※及び防除対策に係る情報」
を病虫害発生予察情報と定義しています。(※予察=前もって察知して知ること)
国や各都道府県は、植物防疫法に基づいて関係者(主に農業者)にこれらの情報を提供する事業を昭和27年から行っています。
発生予察情報の種類
各都道府県で発表される発生予察情報は、発表する時期や重大性、緊急性によって、以下のような種類があります。
予報 | 概ね月に1回 | 病害虫の発生予測・防除情報を定期的に発表 |
警報 | 都道府県の判断で適宜発表 | 重要な病害虫の大発生の予測と、早急な防除措置が必要な場合 |
注意報 | 都道府県の判断で適宜発表 | 警報を出すほどではないが、重要な病害虫の多発予測と、 早めの防除措置が必要な場合 |
特殊報 | 都道府県の判断で適宜発表 | 新たな病害虫を発見した場合や重要な病害虫の発生消長に特異な現象が起きた場合 |
その他 | 都道府県の判断で適宜発表 | 月報、技術情報など、上記に含まれない情報 |
発生予察情報はどのようにして調べるのか
病害虫発生予察情報は、各都道府県の病害虫防除所が定期的にデータを収集し、分析を行います。
そこではどのような方法で発生予察情報を調べているのでしょうか。
調べ方としては、
- 統計的予察法:病害虫の発生する項目について気象や栽培条件などを調査し、平年のデータとの統計的な違いから判断する方法
- 実験的方法:農作物や病害虫の状態を実験的なやり方で判断する方法
があり、いずれの場合も病害虫や環境条件、農作物の性質などを調査した結果に加え、気象予報、作物の生産予想などの情報に基づいて行われています。
調査の方法
調査の方法について、もう少し詳しく見ていきましょう。
防除所では、主に予察圃場や特定の地点、実験室内で行われる定点調査や、実際に圃場を巡回して行う調査などがあります。
病害虫に関する調査の場合、
病原菌の密度 | 肉眼での目視や、いくつかの方法で病原菌の胞子を採集して飛散状況を調べる |
発生に関する調査 | 発病の時期や部位、被害状況などを調査 |
害虫の密度 | 予察灯で誘引、捕殺したり、水を張った水盤やフェロモントラップ、ネットや捕虫器などを使い、発生状況や発生量を調査記録 |
枠や網、払い落としや吹き出しで直接数える |
などといった方法で調査が行われています。また実験室内では病原菌の分離、培養、接種を行って実験的に病害に関する調査をしています。
環境に関する調査では、実際の生育環境下でのさまざまな気象状況が逐一記録されます。
記録されるデータは、気温、湿度、風速、地面温度、水温、結露時間、日照時間、降水量、積雪量など、非常に多岐にわたります。
耕種事情および農作物生育状況調査では、作目ごとに
- 生育状況
- 耐病性・耐虫性の強弱の概要
- 施肥量や施用時期の概要、栽培様式
- 防除の概要:薬剤散布の時期及び回数、使用薬剤の種類、防除の範囲など
について調査され、詳細な表にまとめられます。
活用のサイクル
こうして得られたデータは、以下のような流れで活用されます。
- 病害虫の発生量などの調査(得られた調査データは蓄積)
- 調査データの解析(蓄積された過去データも利用)
- 解析に基づく予測
- 予察情報の農業者への提供
- 予察情報に基づく防除の実施
- 病害虫被害の軽減
4.では、今後発生が多くなると予測される病害虫や、病害虫を効率的に防除できる時期などの情報が農業者に対して提供されます。
どんな情報があるのか
では、農業者に提供される情報にはどのようなことが載っているのでしょうか。
病虫害発生予察情報は、農林水産省が提供している情報と、各都道府県が提供している情報があります。表記の仕方は自治体ごとに異なりますが、主なものとしては
- 大まかな概要・総括表:被害が予想される作物名、病害虫名、発生予想地域、発生量・時期をまとめて一覧にした表
- 気象:気象庁の向こう1か月の予報に基づく平均気温や降水量、日照時間の出現確率
- 作物別の詳細説明:作物別に、病害虫名、発生量、発生時期、予報の根拠などのほか、防除上気をつけるべき点の説明
などがあります。
農業者が注目すべき情報は?
発表される予察情報には、非常に大量の情報が掲載されています。そのため最初はどこを見ればいいか迷うことも少なくありません。
各種情報が発表されたら、まず冒頭の概要を確認し、自分が作付けしている作物がないか確認してください。それから、該当する作物の項目をチェックし
- 気象予報の見通し
- 病害虫名
- 行うべき防除方法の注意点
を優先的に調べ、自分の営農事情に合った対策を検討していきます。
(情報の掲載例)
施設果菜類(きゅうり、トマト等)の灰色かび病
- 予報の内容 発生量:平年並 発生時期:平年並
- 予報の根拠 ①5月上旬の巡回調査では、発生はみられなかった。②気象要因:向こう1か月の気温、降水量、日照時間は平年並と予想されている。
- 防除上の留意点①昼夜の温度差が大きくなり、結露量が増えると発生しやすくなる。 ②施設内の換気を十分行い、除湿を図る。除湿器の利用は、ハウス内の湿度上昇抑制に有効である。③発病葉、発病果は見つけ次第除去する。 ④「県防除基準」を参照し、防除する。
(引用:令和4年5月19日/長野県病害虫防除所)
病虫害発生予察情報のメリット・効果
病虫害発生予察情報には、生産者にとって有益な情報が集約されています。
そのため、これらの情報に積極的にアクセスすることは、農業者にとってさまざまなメリットをもたらします。その中でも特に恩恵があるのが以下の3点です。
メリット①効率的な防除計画が立てられる
一番のメリットは、防除計画の効率化です。病害虫がいつ、どのくらい発生しそうなのかを早めに捕捉できれば、先回りして必要な対策を必要な所にだけ取ればよいことになります。
近年見直されているIPM(総合的病害虫防除)でも、病虫害の種類や被害量を事前に予測できれば、必要な防除方法を絞り込んで的確な対策を打つことが可能です。その結果、人や環境への負荷が少ないIPM本来の優位性が発揮できます。
メリット②防除対策の費用・労力が低減できる
病虫害は発見が遅れれば遅れるほど被害が拡大し、使われる薬剤や手間もその分増えてしまいます。予察情報をチェックして事前に被害状況を予測できれば、農薬をどのくらい使えばいいか、あるいは農薬を使わない方法で対応できるかなどの予測が立てやすくなります。
データに基づき病害虫情報を得ることで、農薬の過剰散布を避けて使用量を削減することができ、費用も労力も抑えられます。
メリット③データ蓄積や病害虫の生態解明に貢献
病害虫発生予察情報の収集と活用は、昭和27年の開始から現在に至るまで、データの蓄積や分析を通して病害虫の生態を解明するのに貢献してきました。そして今後も、地球温暖化による気候の変化や、作物の植生・生育状況などが変化していくことが予想されます。
ますます多様化する農業において、より効率的で網羅的な予察情報は、今後もその必要性が増していくことは間違いありません。
病害虫発生予察情報の活用例
では、農業者はどうやって病害虫発生予察情報を活用すればいいのでしょうか。
情報の主な入手方法としては、
①農林水産省や各都道府県の病害虫防除所のサイトで掲載される速報を確認
②各都道府県の病害虫防除所から配信されるメール連絡システムやメールマガジンに登録する
という方法が一般的です。近年ではこの他にも、予察情報に基づく詳細な対策法を提供している例や、ICTやIoT技術による予察情報の精度向上と防除対策を提供するなどの活用例があります。
活用例①JPP-NET
JPP-NETは、日本植物防疫協会によって運営されている会員制の情報提供サービスです。国や都道府県による農産物の病害虫防除情報が発表当日に登録され、会員は最新の情報から過去の豊富なデータまで活用することができます。
この他にも
- 下層ジェット気流解析データ
- 自動カウントフェロモントラップデータ
- いくつかの病害虫の発生時期予測システムや発生量シミュレーションシステム
- メッシュ気象情報や農薬関係、
- 病害虫画像ライブラリー
- 検疫病害虫情報
- 検疫関係のデータベース
など、予察情報を活用したさまざまなデータを得ることができます。
活用例②IoPプロジェクト「SAWACHI」
「SAWACHI」は、高知県が産官学連携で進めているIoP(Internet of Plants)プロジェクトの名称です。これはクラウド技術をベースに、環境データや植物の生理情報など多くのデータを収集して活用するシステムです。
県の病害虫防除所では、従来からの配信方法に加え、SAWACHIシステム上からスマートフォンに情報を送ったり、突発的な病害虫の最新情報などを配信する取り組みを進めています。
SAWACHIでは、環境センサーを活用することで、温湿度、CO2濃度、日射量などのデータもより細かく見える化できます。病虫害防除だけでなく、多彩な営農業務で農業者をサポートすることが可能です。
活用例③AI・ICTを活用した病害虫発生予察・防除体制高度化の研究
農林水産省では、食料安定生産に利用できるスマート農業の一環として、AIやIoT技術を病虫害発生予察に応用させる取り組みを進めています。その背景には、気候変動や農業の多様化により病虫害対策の仕事が増えている反面、防除所職員の減少により発生予察の精度やスピードの低下が不安視されていることがあります。
この事業では、農業者が現場でスマートフォンで撮影・記録した調査データや、ドローンによる空撮映像、土壌センサーなどで取得したデータなどをクラウドで共有し、AIによる学習、診断、分析を行い、的確で迅速な対策につなげることが目的になります。
まとめ
病虫害発生予察情報は、病虫害を減らして効率的な農業生産を目指すために、長年にわたって積み上げられてきたデータをまとめたものです。そこには国や防除所の職員から、現場で働く農業者まで多くの人々の知恵と努力が詰まっています。
この予察情報をフルに活用し、新しい技術を取り入れながらより効果的な病害虫対策を進めていくことは、日本の農業技術発展のために必要不可欠であると言えるでしょう。
参考資料
『むしコラ』 昆虫を扱う職業: ズバリ的中!? 病害虫が発生する時期や量を予測します (odokon.org)
病害虫の専門機関からお役立ち情報を発信! – IoPが導くNext次世代型施設園芸農業への進化プロジェクト (kochi-iop.jp)
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