山の多い地形を持つ日本には、中山間地域と呼ばれる地域が多く存在します。しかし、その中山間地域は現在、高齢化や人口流出などの要因で存続が危ぶまれるようになっています。
そんな中山間地域を守るために国が制定した制度が、中山間地域等直接支払制度です。
この制度と中山間地域はなぜ大事なのか。制度の概要や意義、メリットのほか、全国各地で行われている具体的な取り組みについても解説していきたいと思います。
中山間地域等直接支払制度とは
中山間地域等直接支払制度とは、平地に比べて不利な中山間地域の農業を守るために、平成12年から国や地方自治体が支援を行っている制度のことです。
具体的に言うと、傾斜が厳しい山間部の農地や、耕作放棄率の高い農地のある地域で、地元の集落が農地を維持し、農業を続けるための活動に対して交付金を支給するというものになります。
中山間地域とは
そもそも「中山間地域」とはどのような地域を言うのでしょうか。
平たく言えば平野部ではない山間地のことですが、国(農林水産省)は、以下のような地域を「中山間地域」と定義しています。
- 農林統計に用いる農業地域類型のうち、中間農業地域と山間農業地域
- 山間地及びその周辺の地域その他の地勢等の地理的条件が悪く、農業の生産条件が不利な地域
山が多く平地が少ない日本では、国土面積の実に73%がこうした中山間地域です。
なぜ中山間地域が大事なのか
中山間地域は、少子高齢化や離農、都市部への人口流出などの原因により、その人口は年々減少し続けています。実際、中山間地域の人口は全国の約1割強に過ぎません。
にもかかわらず、国はどうして個別に制度を設けてまで中山間地域を守ろうとするのでしょうか。それは、中山間地域の存続が私たちにとって非常に重要な問題となってくるからなのです。
食料生産の重要な担い手
ひとつには、国内の食料生産を担う上で、中山間地域が大きな役割を持つからです。
国内における農家の数、耕地面積、農業産出額の中で、中山間地域が占める割合はいずれも全体の4割以上を占めています。つまり、この中山間地域で農業が持続できなくなるということは、主に平地で暮らす私たちの食生活にも影響してくるのです。
多面的機能の保持
もうひとつの理由は、中山間地域が持つ多面的機能、つまりいろいろな役割を果たす機能を守るためです。多面的機能としてあげられるのは
- 国土や環境の保全:森林や河川、土壌などの環境を守ること
- 災害防止:洪水や土砂崩れなどの災害を防ぐ
- 水源の涵(かん)養:土の中の保水機能や水質浄化、川に流れ込む水量の調節など
- 生物多様性の保全
- 自然や農村の景観を守るはたらき
- 伝統文化を守り伝える活動の基盤
などがあり、いずれの機能も国土や環境、文化など国を支えるためになくてはならないものです。
しかし実際には、中山間地域の人口は年々減り続け、耕作放棄地は逆に増えているのが現状です。こうした状態が続けば、食料生産の面でも、多面的機能の維持の面でも危機に陥るだけではなく、農地が荒廃して鳥獣被害や治安の悪化をももたらします。こうした理由から、政府が中山間地域を守るために策定したのが中山間地域等直接支払制度です。
中山間地域等直接支払制度の内容
この中山間地域等直接支払制度は、農用地の多面的機能を守るための活動を支援する日本型直接支払制度の一つに含まれるものです。
中山間地域等直接支払制度はその中で中山間地域等を対象に絞っており、その概要としては
- 集落などを単位に、農用地を維持管理するための取り決め(協定)を結ぶ
- 市町村に交付申請書を提出する
- 協定に従って5年間、農業生産活動などを継続する
という流れになっており、その場合に、協定に参加した集落・農業者に対して、農用地の面積に応じて支援金が交付されることになっています。
対象となる地域は?
この制度の対象になるのは前述の「中山間地域等=地域振興立法で指定された地域」で「傾斜がある等の基準を満たす農用地」です。
具体的には特定農山村法や山村振興法などで指定された中山間地域や棚田のほか、過疎地域や半島・離島に加え、沖縄・奄美群島・小笠原諸島など特別措置法の対象になる地域です。
この制度で「中山間地域等」としているのは、こうした島しょ部も含まれるからです。
そしてこの「中山間地域等」の中でも
- 1/20以上の急傾斜と1/100以上1/20未満の緩傾斜の田んぼ
- 8度以上の緩傾斜、緩傾斜、15度以上の急傾斜の畑・草地・放牧地
- 小区画・不整形な田
- 高齢化率・耕作放棄率の高い集落にある農用地
- 積算気温が低く、草地比率の高い草地
という条件を満たす農用地が支援の対象になります。
その他に、上記の定義に準じて都道府県知事が定めた基準を満たす地域も対象になります。
どんな支援が受けられる?
取り組みが認められた集落協定・農業者には、農用地の広さによって以下のような基準で交付金が受けられます。
交付単価(10aあたり)
- 田:急傾斜 21,000円/緩傾斜 8,000円
- 畑:急傾斜 11,500円/緩傾斜 3,500円
- 草地:急傾斜 10,500円/緩傾斜 3,000円/草地比率の高い草地 1,500円
- 採草放牧地:急傾斜 1,000/緩傾斜 300円
もらった交付金は参加者どうしの話し合いにより幅広い用途に使えますが、使い道は前もって協定で決めておかなくてはいけません。
どんな活動をすればいいのか?
直接支払制度で交付金を受けるために必要な活動内容は、大きく分けて
①農業生産活動等を継続するための活動
②体制整備のための前向きな活動
の2つになります。
①の例としては耕作放棄地の発生を防ぐ活動や水路・農道を管理するなどの農業生産活動と、森林管理や景観作物の作付、体験農園の実施、動植物保護など多面的機能を促進する活動があります。
②の体制整備のための前向きな活動とは、集落を維持するために将来的にどのような対策をしていくかを決める「集落戦略の作成」のことをいいます。
活動内容が①だけのときは上記の交付単価の8割しか交付されませんが、①と②の両方の活動を行えば、満額の10割が交付されます。
「集落戦略の作成」については後でもう少し詳しく見ていきましょう。
中山間地域等直接支払制度の特徴
次に、この制度の特徴的な点を3つあげていきます。
特徴①交付対象はグループ単位
本制度で特徴的なのは、交付金が個人ではなく、協定を結んだ集落に支払われるグループ支払であるということです。最終的には集落配分と個人配分に振り分けられますが、支払いの対象を基本的に個人にしている世界各国の直接支払制度とは大きく異なる点です。
特徴②5年ごとの対策見直し
もうひとつの特徴は、5年を一期として区切りをつけ、その間の状況の変化に応じて対策を見直していることです。
一例として、第2期対策(平成17~21年)では農地集積や法人化、第3期対策では小規模・高齢化集落の支援に交付金の加算を行ったり、支援の要件緩和や活動内容の拡充を行うなど、取り組み内容の追加や変更がなされています。
特徴③各種加算措置の導入
中山間地域等直接支払制度には、前述の活動内容のほかに各種の加算措置があり、棚田地域の振興を図る、超急傾斜農地を守る、集落機能強化や生産性向上などの取り組みに対し、追加で交付金が支給されるようになっています。申請する際には、公平で効率的な交付のために具体的な取り組み内容や計画的な目標設定が必要になります。
第5期対策からの変更点
令和2年からの第5期対策では、深刻化する高齢化を踏まえて、より取り組みやすい制度に見直しされています。
第5期の変更点
- 加算措置の追加:「棚田地域振興活動加算」「集落機能強化加算」「生産性向上加算」の新設と「集落協定広域化加算」拡充
- 農業生産活動が続けられない場合の交付金返還対象を見直し:協定農用地全体から該当者の農用地だけに変更
- 体制整備単価(10割単価) の要件を「集落戦略の作成」に一本化:3種類の要件からの変更
「集落戦略」とは?
集落戦略とは、協定農用地を含む集落全体の将来像や課題、対策について、協定の参加者で話し合って作成する集落全体の指針のことです。
集落の現状や課題を地図などを使って洗い出し、農道や水道をどこまで直すか、農作業を共同で実施する範囲、後継者の確保はどうするかなどといった採るべき対策と目標、具体的な取り組みを決めていきます。
集落の将来を左右する重要な戦略になりますので、協定参加者で十分な話し合いを行い、集落全体で共有と理解を進めていきましょう。
中山間地域等直接支払制度のメリット
中山間地域等直接支払制度は、期間ごとに現場の状況に合わせて改善を重ねることで、着実な成果をあげています。そこから得られるメリットはどのようなものがあるのでしょうか。
メリット①個人農業者や集落営農の継続に貢献
この制度は、基本的に集落単位で取り組み、交付金も最初は集落に配分されるため、集落と個人の農業継続に好影響を与えるのがメリットとしてあげられます。
他の国のような個人支払では、共同体の中で分裂が起きやすく、協調行動が減少する欠点があります。逆に日本のように集落の規模が小さい場合は、集落営農のようにひとつの組織として取り組む方が持続しやすいとされています。
メリット②耕作放棄地の抑制と農地保全
制度の大きなメリットは農地の荒廃を防ぎ、耕作放棄地を回復させることです。後で紹介する事例のように、多くの集落では耕作放棄地の増加による環境の悪化や鳥獣害に悩まされています。個人の力だけでは難しい対策も、集落全体で行うことによって劇的な改善が可能になります。
メリット③集落の活性化
もうひとつのメリットは、コミュニティの維持や地域活性化など間接的な効果が大きいことです。
集落全体、あるいは集落を超えた連携は、マンパワーの増加による農地の維持・管理作業の効率化だけではなく、集落の景観保全や都市との交流など、農村集落の活性化をもたらす取り組みが行いやすくなります。実際こうした取り組みを進めている多くの集落で、関係人口や移住希望者などが増えているという効果をあげています。
各地の取り組み事例
最後に、全国各地で行われている中山間地域等直接支払制度の活用事例の中から、ユニークな取り組みを進めている3例を紹介していきます。
事例①【滋賀県東近江市市原地区】
この集落では、若年人口の減少で水管理や草刈りなど農地・山林の管理を担う者が不足し、鳥獣害が増加するという問題を抱えていました。
この課題を解決するために制度を活用して行ったのが
- 8つの集落連携による400haの農地共同管理
- 農地の法面補修に廃棄するU字溝を活用した管理の省力化・低コスト化
- 鳥獣緩衝帯の設置、羊の放牧とソーラーパネル設置による用地管理
- 集落の共同作業として羊の世話、毛刈りイベント実施など
などです。
制度の交付金用途としては、農地の水管理や草刈りの手間賃に充て、 多面的機能支払制度との併用で集落全体で暗渠排水の整備も進めています。
事例②【石川県小松市上麦口町】
若年人口の流出により人口減に悩むこの集落では、若い町内役員の旗振りのもと集落戦略として、国際ボランティア受入れのためのワークキャンプ開催を取り入れました。
ワークキャンプでは
- 参加者によるイノシシ柵の錆止め塗装作業や、樹木の伐採など農地保全作業
- 小規模農園の運営
- 地域行事への参加や地域住民との交流
などの取り組みを行いました。ここでは町の行事として町民にも活動を周知し、町民が参加しやすい活動にしたことが功を奏し、人手不足解決、関係人口の増加や若者の移住といった成果をあげています。
中山間直払交付金はイノシシ柵の購入・設置などの獣害対策や、 法面保全のため植栽したシバザクラの苗の購入などに充てています。
事例③【宮崎県五ヶ瀬町宮野原集落】
「鳥の巣棚田」で知られるこの集落では、農家の高齢化や後継者不足により、協定参加農家が減少。これによって獣害被害や荒廃農地発生が危惧される事態になりました。
これらの問題を解決するため、中山間直接支払交付金を集落ぐるみの獣害対策に活用し、用水路の整備工事や農道舗装工事、防止柵設置作業の参加者への賃金などに充てています。
このほかの取り組みとして、
- NPO法人による荒廃農地再生活動としてトウモロコシ栽培や農業体験イベント開催
- 令和2年度から棚田地域振興活動加算措置の活用
- 地元産の小豆を使った特産物の商品化など棚田での農産物加工品の商品化
- 集落での棚田保全研修会の開催
などの活動を通して、棚田の振興に努め、棚田遺産の認定につなげています。
まとめ
日本の原風景とも言うべき中山間地域は、豊かな国土と食料生産を育む場として、今までも、これからも必要不可欠な存在です。中山間地域等直接支払制度は、その価値を高め、後世のために守り伝えていくための制度です。
自分たちの住む地域で不安を抱え、将来像を模索している集落や農家の方々は、この制度を十分に理解し、ぜひとも積極的な活用をしていただきたいと思います。
参考資料
中山間地域等直接支払制度:農林水産省 (maff.go.jp)
令和5年度版 中山間地域等直接支払制度-中山間地域を守るみなさまを支援します-|農林水産省
第1節 農業・農村の持つ多面的機能の維持・発揮:農林水産省 (maff.go.jp)
食料・農業・農村基本法の理念と政策展開 塩川白良 農業経済研究 第 91 巻,第 2 号,146-163,2019
中山間地域等直接支払制度の政策効果 武井七海 農業経済研究第 90巻,第 4号.369-374. 2019
農村集落の課題解決アイデア集 中山間地域等直接支払制度 第5期対策取組事例集
早わかり中山間地域等直接支払活動の手引き : 事務処理・共同取組活動・組織運営 / 農山漁村文化協会編. — 農山漁村文化協会, 2019.
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