昨年、JICAによる開発支援事業「クリーン農業開発プロジェクト」が終了しました。
日本ではあまり耳にすることのない取り組みですが、今後の日本の農業の行く末にも少なからぬ影響と、今後を占うヒントが隠されています。
「クリーン農業開発プロジェクト」についての解説や、主な取り組み事例、日本の農業との関わりなどについてまとめました。
クリーン農業開発プロジェクトとは
「クリーン農業開発プロジェクト」は、2017年から2022年までの5年間、JICA(独立行政法人国際協力機構)が東南アジアのラオスで行った農業開発支援活動です。
その目的としては
- ラオスで、より安心安全なクリーン農産物の生産を推進すること
- クリーン農業・農産物に対する理解と需要を広め、市場ニーズや販路拡大を広げる
といったものがあります。
クリーン農業とは
今回のプロジェクトでラオス政府が目指したクリーン農業とは、そもそもどのようなものなのでしょうか。
クリーン農業とは、近年農林水産省が推進する「環境保全型農業」のことを指し、農業の持つ物質循環機能を生かして環境とのバランスに配慮し、安心安全で質の高い農産物を安定して生産する農業のことです。
具体的な内容としては
- 堆肥など有機物の施用などによる土づくり
- 化学肥料や化学農薬を使わない、または必要最小限度に抑える
といった取り組みがあります。
クリーン農業は日本でも早くからその必要性が言われており、北海道では全国に先駆けて1991年から実施され、制度化されています。
こうした進んだ取り組みを受けて、日本がラオス政府からの要請の下で開始されたのがクリーン農業開発プロジェクトです。
ラオスでクリーン農業が注目された背景
ではなぜ、ラオスでクリーン農業が注目され、開発が始まったのでしょうか。
また、日本の団体がなぜ、ラオスの農業を支援することになったのでしょうか。
その理由はラオスが長年の親日国であり、日本は最大の二国間援助供与国であるという背景があるからです。
またJICAは、日本政府の開発援助を実施し、開発途上国への国際協力を行う機関です。
日本では高度成長期に農村部経済を活性化させた経験や、コメや水産資源管理などの豊富な知見・技術があり、こうした点も途上国での農業支援を進める背景になっています。
日本と類似点が多いラオスの農業
ラオスの農業の特徴は、稲作が中心で山がちの国土が8割を占め、農業の生産性向上と森林資源の持続的活用が必要という点で日本と共通しています。
一方で国内GDPに占める農業の割合は2019年の時点で15.3%となっており、その数字は年々少なくなっています。
またラオスは農地の割合も少なく、農用地は国土全体の10.1%に過ぎません(日本は11.6%)。国力と経済の発展に伴い、生活水準・栄養状況の改善と食料安定供給の確保を目指すという点でも、かつての日本と同じ課題を抱えていると言えるでしょう。
国独自の強みを活かした農業に着目
ラオス農業のもう一つの特徴として、周辺諸国と比べて農薬や化学肥料の使用率が低いという点があります。ラオスはこれを強みとして、競争力や優位性のあるクリーンな農産物生産を推進し、国の経済基盤とする戦略を取りました。
同時に、クリーンで安全な農業の推進は、持続可能な開発目標という世界的な潮流とも一致しており、クリーン農産物の市場拡大も望まれるようになります。
とはいうものの、ラオスでは農業技術の普及が遅れ、生産性の高い品種の栽培や施肥技術はごく一部の地域にしか行き渡っていませんでした。そこでラオス政府は、早くからクリーン農業への取り組みを進めていた日本に開発支援を依頼することになったのです。
クリーン農業開発プロジェクトの目標と課題
このクリーン農業開発プロジェクトでは、以下のような明確な目標が設定されました。
- クリーン農産物を作る農家組織を3年で倍増させる
- クリーン農産物の生産量と販売量を3年で150%増やす
しかし、その目標を達成するには、クリーン農業を進める上でのさまざまな課題があります。このプロジェクトでは、それらの課題を踏まえた上で開発支援を進めていきました。
課題①クリーン農産物の生産・供給の拡大
プロジェクトで特に重視したのが、クリーン農産物を安定して生産できる栽培技術や、販売のマネジメントの指導です。ラオスでは化学農薬や化学肥料の使用が低いとはいえ、それを高品質な農産物の安定生産につなげるための技術は不足していました。また、クリーン農産物を生産できる農家も限られていたため、市場ニーズに応える生産能力の強化が急務でした。
課題②クリーン農産物に対する知識の不足
クリーン農産物の価値を、消費者にどう理解してもらうかも大事な取り組みです。
ラオスでも、農薬に関するさまざまな問題が報道され、食の安全に対する関心は高くなっています。しかし一方で安全で安心な農産物に対する、正しい知識が消費者側に不足しているというのが現状でした。
課題③市場開拓と販路の拡大
生産された農産物をどう流通させるかも課題となります。
ラオスでは生産者と一般消費者や小売・流通業者などとの間で、求める作物や品質、時期、出荷方法などの情報が十分に共有されず、クリーン農産物を販売するための場所や機会が足りていません。手間をかけた割には、適正な価格で販売できず、メリットが実感できていないのです。
具体的な取り組み事例
上記にあげた目標と、それに対する課題を解決するために、クリーン農業開発プロジェクトではどのような取り組みがなされたのでしょうか。プロジェクトはラオス国内の4つの県(ビエンチャン市、ルアンパバーン県、サイニャブリー県、シェンクワン県)で、約800〜1200戸の農家を対象として行われました。
技術指導
プロジェクトの中でも重要な技術指導は、現地のクリーン農業基準センターや研修圃場などのカウンターパート機関との連携によって進められました。日本側からは、専門家が個別に「農業政策アドバイザー」として派遣され、有機農業やGAP(Good Agricultural Practice=農業生産工程管理)といったクリーン農業の生産技術の指導にあたっています。
主な内容としては
- 土壌管理や高品質品種の栽培技術
- IPM(総合的病害虫管理)
- ポストハーベスト
などに関する知識や技術の指導のほか、生産技術ガイドラインやマニュアルの改訂・改良なども行われています。山がちなラオスでは起伏が激しい土地での零細農家も多く、こうした地域での有機農業の導入指導では日本の経験やノウハウが役に立っています。
フィールド調査
支援を行うに当たっては、現地の様子や、実際に取り組む農家の事情を理解することが不可欠です。JICAのスタッフは、クリーン農業基準センターや県・地区の農業局の協力のもと、これから有機農業を始める農家を訪ねて、要望や課題について調査を行いました。
また、農家グループなどを対象にしたワークショップも実施され、クリーン農業の導入などにも活発な意見が提示されています。
経営改善指導
生産者が正当な利益を得て健全な経営を行うために、農家の組織構造やマネジメントの改善も併せて指導がされています。
ここでは選ばれた対象農家グループに対し、ビジネスマインドの醸成や農家グループでの適切なマネジメントを行えることを目的としています。具体的には、メンバー間での生産計画や調整・供給などができるようになることで、農家自身によるマーケット展開が求められます。
販路の多様化と拡大・マーケットの強化
クリーン農産物が市場で受け入れられるためには、販路を開拓し、強固な基盤を築くことも大事です。ここでは、サプライチェーンのモデルとなる農家やステークホルダーを選び、
- 生産者や小売業者などとのマッチング活動の支援
- 流通業者と小売業者への啓発活動の実施
- 販売場所や営業時間、販売方法等の改善
- 有機農産物市場の設置と認証制度の確立
などといった取り組みを進め、クリーン農産物の販売場所・機会の充実を図っています。
啓発活動
今回のプロジェクトでは、幅広い層にクリーン農業の価値を広く理解し、関心を引くための啓発活動も行われました。
主たる活動としては、流通業者・小売業者や消費者に対しクリーン農産物に関する知識や情報を広めたり、イベントを開いたりして参加を促すなどです。このほか、有機農産物市場の開設や認証制度の整備などで消費者からの信頼を得て、クリーン農業と農産物への需要を高める取り組みもなされています。
プロジェクトの成果は?
クリーン農業開発プロジェクトは、5年間にわたり対象の4県でさまざまな取り組みが行われました。それにより、農家及び農家グループの強化や、クリーン農産物の販売促進などの面で、一定の成果を残しています。
この間、2020年からの新型コロナウィルスのパンデミックや、ロシアによるウクライナ侵攻など、想定外の情勢もあり、ラオスも経済面などで少なからず影響を受けました。ラオス国内でもインフラ基盤整備や産業の発展が引き続きの課題となっており、クリーン農業開発プロジェクトによる定量的な成果が出るのはもう少し先になりそうです。
日本の農業とどう関わってくるのか
最後に、今回のクリーン農業開発プロジェクトの日本の農業との関係についても解説します。こうした途上国での開発支援が、日本の農業とどういう関連があり、どんなメリットがあるのでしょうか。
日本の食料戦略への貢献
現在、農林水産省では、みどりの食料システム戦略を打ち出し、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現することを目指しています。
この中で、日本は自国の農業をアジア地域の持続的な食料システムのモデルとして打ち出し、国際的なルールの策定への参画を図っています。ラオスの支援活動で実績を出すことは、こうした分野で日本の強みを打ち出せることになります。
同時に、ラオスのプロジェクトで得られたデータや事例は、環境保全型農業を推進するうえでも大きな参考となります。
食料ビジネスの海外展開への貢献
ラオスへの農業開発支援が日本にもたらすもうひとつのメリットは、途上国のフードバリューチェーン構築を支援することで、食品や農業の分野で日本企業の海外事業展開がしやすくなることです。結果、日本の農産物の輸出促進に結びつくだけでなく、安全な食料の輸入先を確保し、多角化できることにもなります。
まとめ
ラオスを舞台に行われたクリーン農業開発プロジェクトは、ラオスと日本のどちらにとっても未来につながるものになりました。
他の東南アジア諸国同様、ラオスも目覚ましい経済発展のただなかにあり、貧困の撲滅と栄養状態の改善はさらに推し進めなければいけない問題です。
そんな中で、国をあげて環境にも配慮した安全な食料を生産しながら、市場への充実も図るというラオス政府の意欲的な農業戦略は、今後農業人口が減少し、食料安全保障の重要性が叫ばれる日本にとっても、学ぶべきところが大きいのではないでしょうか。
参考資料
プロジェクト概要 | クリーン農業開発プロジェクト | 技術協力プロジェクト | 事業・プロジェクト – JICA
クリーン農業開発プロジェクト | ODA見える化サイト (jica.go.jp)
ラオス農業の現状とASEAN経済統合 05瀬尾充(農業) (jica.go.jp)
みどりの食料システム戦略トップページ:農林水産省 (maff.go.jp)
コメント