食料自給率の低下、肥料や燃料の高騰、耕作放棄地の増加…。ここ最近、「日本の農業は本当に大丈夫なのか?」と頭を抱えたくなるニュースが後をたちません。
ですが、そんな状況を何とかしようと国もさまざまな施策を打ち出しており、その一つが、今回紹介する農業競争力強化プログラムです。
農業競争力強化プログラムとは?
農業競争力強化プログラムとは、2018年に農林水産省が実施し始めた、文字通り「農業の競争力強化を図る」「日本の農業を強くする」ことを目的にした政策です。
このプログラムの基本的な考えは
「農業者が自由に経営展開できる環境を整備するとともに、農業者の努力では解決できない構造的な問題を解決するためのもの」(農林水産省)
と定義づけられています。
プログラムの目的①競争力を高める
プログラムの目的の一つが「日本農業の競争力を高める」ことです。
競争力の高い農業・農家とはどういうものかというと、具体的には
- 世界で高い評価を得られる、高品質・高水準の農産物を作れる農業
- 生産性が高く、高い収益を確保することで持続的な発展ができる農業
ということをいいます。農業競争力強化プログラムは、こうした力を持つ農業者を増やすことで、日本の農業を成長産業にしていこうとする狙いがあります。
プログラムの目的②農業者の所得を向上させる
もう一つの目的としてあげられているのが「農業者の所得を向上させる」ことです。
農林水産省の農業経営統計調査によると、令和3年の全農業経営体の平均所得は125.4万円、農業所得を主とする経営体だけでも433.5万円となっています。農業の業態や規模などで収入が高い農家も低い農家もあるものの、全体としては決して「儲かる」産業とは言えません。
農業競争力強化プログラムでは、こうした状況を改善するための取り組みについても示しています。
農業競争力強化プログラムの具体的な内容
上記の目的を達成するため、農業競争力強化プログラムでは、
- 主に農業生産関連の事業に改革を促す
- 生産コスト削減や農業者の就業構造を改善する
- 農業者の生産基盤の強化を進める
ことを狙いにしており、そのために行われるのが、以下の13の取り組みとなっています。
生産資材の価格引下げ | 肥料・農薬・機械・飼料などの値下げや購入方法の見直し生産性が高い銘柄や種類への絞り込みを推進時代に即さない法律の廃止や、民間のノウハウを活用 |
流通・加工の構造改革 | 卸売業者や小売、流通全体の合理化や法整備、農業者から消費者への直接販売ルートの拡大を推進など、生産者に有利な流通の体制づくり全農の改革促進などによる売り方の見直し |
人材力の強化 | 農業大学校の専門職業大学化、就職先としての農業法人などの育成、給付金などを使った次世代人材投資 |
戦略的輸出体制の整備 | 海外のニーズ喚起や輸出環境整備日本版SOPEXA創設などのブランディングやプロモーション活動 |
原料原産地表示の導入 | 全ての加工食品について国別の重量順に原材料表示を行う |
チェックオフの導入 | 生産者から拠出金を徴収し、販売促進等に活用 |
収入保険制度の導入 | 対象品目や減収理由にとらわれず、適切な経営管理を行っている農業経営者の農業収入全体を一括カバーするセーフティネットを導入現行の農業共済制度の見直し |
土地改良制度の見直し | 農地の集積・集約化を進めるため、農地のほ場整備事業の円滑な実施農地中間管理機構との情報共有、共有地に関連する同意手続き、水田の畑地化への対応などを円滑にする |
農村の就業構造の改善 | 農村の維持発展のために農工法を見直し工業以外のサービス業なども対象に含め、多様な就業支援を行い雇用創出につなげる |
飼料用米の推進 | 飼料用米の多収品種の導入や生産コスト低減耕畜連携により畜産物の 高付加価値化を推進 |
肉用牛・酪農の生産基盤強化 | 規模の拡大・分業体制の構築、受精卵移植技術の活用拡大、ICT活用による省力化乳牛後継牛の確保・育成、飼養管理の適正化、流通の効率化 |
配合飼料価格安定制度の安定運営 | 耕畜連携の強化と国産飼料の広域流通体制の構築配合飼料価格安定制度の安定的な運営 |
生乳の改革 | 生産者が自由に出荷先を選べる制度に改革指定団体以外にも補給金を交付全量委託のほか、部分委託の場合にも補給金を交付乳価交渉や酪農関連産業の改革 |
農業競争力強化プログラム策定の背景とは
日本の農業を強くしていこうという施策は、国内外の農業を取り巻く動きと相まって、早い段階からその必要性が叫ばれてきました。2018年にこの農業競争力強化プログラムが実施された背景にも、そうした情勢の変化が関わっています。
将来にわたる農業の持続的発展
日本の農業は、少子高齢化や都市への人口流入などにより、年々就業人口が減っています。
米以外の主要な農産物や生産資材を輸入に頼るようになった結果、食料自給率も令和3年度で38%(カロリーベース)にまで落ち込んでいます。
また全国で耕作放棄地や荒廃農地も増加し続けるなど、国民の食料供給を支える農業は厳しい状況に立たされています。
農業者の生計を支え、農業を将来に向けて夢と希望の持てる成長産業にすることで、食料の安定供給の確保や、農業の発展による地域活性化につなげる必要があるのです。
農業の成長産業化に向けた業界の改革
農業を成長産業にするためには、さまざまな法令や制度運用の見直しが必要になります。
そのほかにも、
- 多くのメーカーや銘柄数で多品目少量生産の肥料や飼料
- 古くて稼働率も生産性も低い工場や施設
- 大手の寡占が続き、メーカー間のシェアも変わらず適切な競争が起きにくい農業機械
- 多くの事業者が介在することでコストが高くなる流通ルート
- 古い慣習にとらわれたり、コスト意識が高くない農業者
など、業界内にも多くの構造的な課題が存在し、各農家個別での取り組みでは対策が難しい状況が続いていました。
これに対し農業競争力強化プログラムでは、生産資材を扱う業者など、農家以外の事業者にも事業再編や事業参入を促し、日本の農業をより合理的で生産性の高い産業へ成長させるための取り組みがなされています。
TPP対策を見据えた農業の世界的競争力
農業競争力強化プログラムの作成には、農産物の自由化とTPPへの対策のためという背景があることも重要な要因です。
TPPの発効に伴い、日本の農産物はより世界との競争力が求められるようになっています。
農業競争力強化プログラムでは、2019年までに農林水産物・食品の輸出額を1兆円(2016年:7502億円)にするという目標が掲げられました。実際に目標に届いたのは2021年でしたが、引き続き日本では、国産農産物のブランド化による輸出を促進していく方針です。
プログラムの成果は?
農業競争力強化プログラムが示されて以降、どのような成果が出ているのでしょうか。
まず、JAにおける肥料の仕入れや流通、利用のプロセスで改革が進んでいることが注目されます。
JAの自主的な改革は以前から取り組まれていましたが、プログラムの実施を契機にその動きが進んでいます。特に購入の多様化や物流の効率化などの面で、組合員のニーズに応える改善が報告されています。
また前述の通り、2021年に国内の農林水産物・食品の輸出額が1兆円を超えています。政府はこの輸出目標額を2025年には2兆円、2030年までには5兆円を目指すとしており、プログラムに掲げた取り組みをさらに推進しています。
プログラムの実施は2018年からですが、それ以後新型コロナウイルスやウクライナ侵攻など、農業や物流に大きな影響を及ぼす事態が相次いでいることもあり、全体的な成果が出るのにはもう少し時間がかかりそうです。一方で、土地の集約化や流通の効率化など、個別の事案については着実な成果が見られます。
まるみえアグリの開始
農業競争力強化プログラムの一環として農林水産省が導入したのが、「まるみえアグリ」というサービスです。これは
- 農業者が資材の購入に役立つ条件を比較できる「AGMIRU」(アグミル)
- 農産物の販売先を希望する条件で検索できる「agreach」
- 最新の農業関連の研究成果を検索できる「アグリサーチャー」
の3つのサービスからなり、民間のノウハウ等を活用することで、農業者に役立つ情報を提供するウェブサイトをまとめたものです。
プログラムの課題・問題点は?
一方で、農業競争力強化プログラムにはいくつかの課題や問題点が指摘され、日本農業の持続可能性についても疑問の声が上がっています。
種子生産の在り方
プログラムの中では時代に合わないいくつかの法案の廃止を進めており、そのひとつが主要農作物種子法の廃止です。
しかし、米、麦、大豆といった主要農産物は、戦略物資として国や都道府県などが責任を持って開発、管理、安定供給を行うという体制を維持してきました。
こうした方針を転換し、都道府県等が有する種子生産の知見をアグリビジネスなど民間事業者へ提供することは、優良品種の国外流出を招き、国内の安定的な種子供給体制や食料安全保障に悪影響を及ぼすと指摘されています。
こうした懸念から、多くの道府県では種子条例を定めて独自に育種管理を継続しています。
寡占化による価格上昇の懸念
農業競争力強化プログラムでは、資材事業の再編によって生産性が高い銘柄や種類への絞り込みを推進しています。
しかし、肥料などの農業資材はきめ細かな農業者のニーズに応えるために多様化しているため、生産性の低さを理由に安易に切り捨てるべきではないという声もあります。
また資材事業の再編で寡占化が進めば、かえって価格上昇につながるのではという懸念もあり、資材価格や農業者の所得向上にどれほど反映されるのかは不明瞭です。
産業政策に適さない農業者は置き去り?
この農業競争力強化プログラムは、成長産業化の実現により、農家の所得増、食料自給率の向上や高い生産性・収益を上げることを主眼に置いています。そのため、諸制度の対象となるのは必ずしもすべての農業者ではなく、産業政策としての「担い手」となるような農業者が対象であると考えられます。
そのため、競争力の低い特定分野の農業者や条件不利地域の農業者、高齢の農業者など、蚊帳の外に置かれる農業者への配慮がされていないという側面があります。
高い競争力を持つために農業者ができること
農業競争力強化プログラムでは、「農業者の努力では解決できない構造的な問題に対処するため」としていますが、一方では「農業者の努力や創意工夫を行う必要がある」といった記述もなされており、必ずしもすべてが政策任せではないということがわかります。
では、実際にこのプログラムを踏まえて、競争力の高い、強い農業を進めていこうとするために、農業者には何ができるのでしょうか。
スマート農業の導入
有力な取り組みの一つがスマート農業の導入です。プログラムの次世代人材育成強化の中にも
- ICTや各種センサーのほか、ロボット技術などを活用した技術開発
- AIなどの活用で熟練農業者のノウハウの見える化を図る
などの取り組みを推進することが明記されています。
こうした技術は、生産基盤の強化や生産性向上のほかにも、環境保全型農業の推進や、作業の負担軽減などにもつながります。そのメリットは大規模な農業者だけでなく、中小・家族経営や中山間地域、高齢者など、さまざまな層へももたらされます。
【事例:イノチオアグリ】
この企業では、農業総合支援を打ち出し、環境制御システムや自動灌水制御盤、労務管理システムなどのシステムで、農業者の規模の大小を問わず施設園芸へのスマート農業の導入を支援。
計画的な生産による収量の向上、作物の状態と環境の見える化、燃油消費の抑制によるコスト削減などにつながっています。
高付加価値作物の導入
農業競争力を向上させる取り組みには「新市場を開拓する新規作物の導入」や「日本産農林水産物のブランディング」なども取り上げられています。
高い品質や安全性を備えた日本産の高付加価値作物は、既に海外へも多数輸出され、高い評価を得ています。こうした作物の生産に積極的に取り組むことで、農業者の所得向上が期待されます。
【事例:みんなで農家さん】
現在そのほとんどを海外からの輸入に頼るバナナを、国内で生産することで品質や鮮度、安全性の高さを実現しようと試みているのがこの企業です。
シェア農園というユニークな方法をとることで、新規就農者でも少ない初期投資でのバナナ栽培参入が可能になっています。
6次産業化
農業競争力強化プログラムの中で、地域振興や農業者の就業構造改善の新しい方法として期待されているのが農業の6次産業化です。
6次産業化は、農林水産業者が農産物の生産だけでなく、食品加工や流通・販売にも取り組むことで生産物の価値を高め、所得(収入)の向上や農林水産業の活性化、農山漁村の経済発展にもつなげていく試みです。
【事例:白根グレープガーデン】
新潟県にあるこの農園は、かなり早い段階で6次産業化を始め、年間を通してフルーツ狩りができる観光農園を経営。併設店舗での生産物直売のほか、自社生産フルーツを使ったジェラートやスムージーの販売、動物とのふれあい体験農場など、多彩なサービス展開を行なっています。
まとめ
農産物の自由化へ向けた流れが強まる中、政府は農業を強い産業にしていく取り組みを進めてきました。
そうした過程で策定された農業競争力強化プログラムは、国内外での競争力を高めるだけでなく、農業者の所得向上を図るための改革が続けられています。
プログラムが目指す農業の成長産業化の先には、農村振興や食料の安定確保といった問題解決も視野に入ってきます。
こうした政府の支援に応えるべく、強い農業を作っていきたいという、各地での農業者の取り組みも確実に進んでいます。農業競争力強化プログラムが今後どのような成果を出していくのか、注目していきたいと思います。
参考資料
農業競争力強化プログラム:農林水産省 (maff.go.jp)
MAFF TOPICS(1) NEWS 被日本の農業をもっと強くするプログラムを進めています:農林水産省
JAグループによる肥料購買事業改革の実践|農林金融2018年8月号
農業競争力強化支援法案をめぐる論議|立法と調査 2017. 7 No. 390 36 参議院常任委員会調査室・特別調査室
【原本010】舟山やすえリポート表001 (y-funayama.jp)
全国に広がる種子条例づくり(2020年3月9日 第1399号) (nouminren.ne.jp)
農業競争力強化を目的とした農業政策と 高まりつつある地域の役割|農林金融2019年01月号 (nochuri.co.jp)
特集 始動!農業強化の支援法|AFCフォーラム2017年8月号
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