共通農業政策(CAP)とは?EUの食を支える政策の新しい姿についてもわかりやすく解説します

EU旗と地図

EU(欧州連合)は、アメリカや中国と共に、世界の政治経済に大きな影響力を持ちます。同時に、高い自給率と厳しい品質基準で知られるEUの農業政策は、現在のこの状態に至るまで幾度もの紆余曲折がありました。

そんなEUが行ってきた共通農業政策とはどのような政策で、今後のEUの農業をどう変えるのか。そして日本の農業はEUからどのようなことを学ぶことができるのでしょうか。

共通農業政策(CAP)とは?

2023年1月から、EUの新しい共通農業政策が施行されました。これは従来からのヨーロッパ農業の現状を踏まえ、それまでの政策からより踏み込んだ取り組みを目指すものです。

今回は2027年までの5年間でEUの農業全体が目指すべき以下の10の目標と、それを実現するための具体的な施策が盛り込まれています。

  1. 農家の公正な収入確保
  2. 競争力を高める
  3. フードバリューチェーンの強化
  4. 気候変動対策
  5. 環境への配慮
  6. 景観と生物多様性保護
  7. 世代交代を支援
  8. 農村地域振興
  9. 食品と健康の質を保護
  10. 知識とイノベーションの育成

EU全体を包括する農業政策

EUの共通農業政策(CAP:Common Agricultural Policy)といっても、日本の私たちにはいまひとつなじみがないと思いますが、これはEUに加盟する27の国で共通して行われている農業政策のことです。

EUの加盟国はそれぞれ別々の国ですが、EU域内では

  • 人、物、サービス・資本の自由な移動
  • 司法・内政に関する法律を制定し、貿易、農漁業や開発に関する共通政策を維持
  • 共通の通貨として20ヵ国でユーロ(€)を使用

など、経済的にはほぼ一つの国としての政策をとっています。

共通農業政策は、この共同体に加盟する国全体での農家の保護や農産物の安定供給と、農業の振興を図るべく1962年に制定されました。

共通農業政策の具体的な内容

共通農業政策は、最初から現在のような目標を定めていたわけではありません。

第二次世界大戦終結後、戦争によって国土が荒れ、食料不足が問題となったヨーロッパでは、農業の復興が最優先事項でした。

農業政策の開始当初は、生産性の向上、農家の収入と生活水準の保障、市場の安定や消費者への適切な価格での農産物供給などが目的です。

そのために決められた共通農業政策は、制定以来現在まで、以下の2点を柱としています。

第1の柱:価格・所得政策

この政策は、農家の収入を保障し、農産物の価格を安定させることです。

具体的には価格維持と、直接支払いの2つの政策が行われています。

価格維持

これは作物ごとに支持価格を決め、市場価格が下がった場合にEUが買い支える政策です。また豊作で余った農産物は、輸出補助金をつけて国際市場で安値で売却するという施策を行いました。

これにより農家の所得と生活は安定し、生産性も向上した結果、域内の食料自給率は1970年代頃にはほぼ100%に達しました。

しかしこうした保護主義的なやり方は、やがてその問題点が明らかになります。余った農産物の在庫は、輸出補助金の支出負担を増やしただけでなく、穀物のシェアを奪われた米国との貿易摩擦の原因ともなりました。そのため、価格維持政策は介入価格の引き下げや、輸出補助金の廃止・削減などの大幅な見直しを迫られます。

直接支払い

介入の指示価格が下がれば、農家の所得も減ります。そのため1992年の改革で、所得減少分を農家に直接支払うことで補填するやり方へと改めました。

ここでは直接支払いの受給条件として一定割合の休耕を義務付けたり、環境保全型農業に対する直接支払いを導入するなどの法案が盛り込まれています。

これ以降、直接支払いは以下のように共通農業政策の改革のたびに内容が見直され、少しずつ予算が削減されています。現在の直接支払いは、所得保障や市場価格の変動に対処するための農業者支援のほか、次にあげる農村振興政策をより促進させることを要件に支給されています。

1999年穀物の指標価格の再値下げ。所得保障は引き下げ分の1/2を直接支払い
2003年デカップリング:生産量と切り離し、過去の受給実績による直接支払い
クロスコンプライアンス:環境に関する法定要件遵守を条件にした直接支払い
モジュレーション:直接支払い削減分を農村開発政策へ充てることを求める
2008年義務的休耕の廃止、デカップリングの強化、農村開発政策の推進など
2013年より高度な環境保全義務を定めたグリーン支払いの導入
加盟国内の状況に応じた柔軟な支払い制度

第2の柱:農村振興政策

農村振興政策は、価格・所得対策以外のさまざまな農業政策として、1999年の農業政策改革で第2の柱として位置付けられました。

代表的なものは

  • 若者や女性の就農支援策
  • 自然制約地域対策
  • 農村地域の開発
  • 環境・気候変動対策

などがあります。

若年層就農支援

これは40歳以下の新規就農者に対して、5年間直接支払いの基礎分に上乗せして支払う制度です。その背景には、農家の世代交代のほか農村地域での持続可能なビジネス促進の狙いもあります。

自然制約地域対策

自然制約地域とは条件不利地域とも呼ばれ、農業には不利な土地や地形の地域を指します。

EU域内では、自然制約地域で農業を行う者を対象に、直接支払い予算の5%を充てることができます。この制度は、農業の存続を確保し、最低限の人口水準の維持と景観の保全を図ることなどが目的です。

農村地域の開発

この制度では、雇用の創出や維持を含む、バランスの取れた農村の経済や社会の発展を目的としています。具体的な政策としては

  • 農業の市場競争力の増強
  • 革新的な農業技術と森林の持続可能な管理
  • 農産物の加工販売や動物福祉、フードチェーンの組織化
  • 農村地域での社会的包摂・貧困撲滅・経済発展

などを促進する取り組みが法案化されています。

環境・気候変動対策

現行の共通農業政策における最重要課題と言っても過言ではありません。環境保全への取り組みは1992年の時点で既に盛り込まれていましたが、2013年の「グリーン支払い」では直接支払い予算の30%を占めるなど、その比重は次第に大きくなっています。

グリーン支払いでは主に耕地における作物多様性や生物多様性・生態系の保全、永年草地の維持、気候変動対策に取り組むことなどが含まれていました。

そして持続可能な開発が重要視されている現在では、その内容はさらに多岐にわたり、

  • 温室効果ガス削減を実施している農地面積/家畜管理の目標割合を数値化する
  • CO2の排出抑制や貯蔵を実施している農地・森林面積の目標割合を数値化する
  • 土壌保護を促進し、化学農薬や化学肥料への依存を減らす
  • 食品と健康に対する社会の要請に応え、動物の健康や福祉の改善に努める

などの目標が重要課題としてあげられています。

現在の共通農業政策において、予算の40%は気候変動関連に充てられることが求められています。環境保全や気候変動対策に取り組む農業へのインセンティブは、年を追うごとに高まっているといってもいいでしょう。

共通農業政策の問題点

共通農業政策はヨーロッパの農業を振興するためにさまざまな策を講じてきました。しかし、60年という長い期間にはいくつかの矛盾や問題点も生じています。

財政負担の増加

まず大きいのが財政問題です。かつては食料不足解消のために農業生産と価格維持に莫大な額の予算が使われました。

しかしその後食料危機を脱したヨーロッパでは、もはや農業への過度な予算配分は必要がなくなります。また前述の通り、余剰農産物を域外に売るための多額の補助金も、ECの財政を圧迫してきました。それらの背景からEUにおける共通農業政策予算の割合も年々減っていき、特に直接支払い額は縮小され続けています。

2020年のイギリスのEU離脱も、農業政策の財政にマイナスの影響を与えました。

イギリスはそれまでの共通農業政策でも、受取額よりも払出額の方がEUで4番目に大きい国でした。これが一度になくなったことで、さらに財政面で重大な影響を及ぼすことが危惧されています。

新規加入国との格差

90年代初頭、東西冷戦の終結以降起きた問題が、新しくEUに加盟した国との格差です。

この当時すでに従来の加盟国では指標価格の引き下げや直接支払いの見直しなどを行っています。しかし遅れて加盟した国々は産業に占める農業の割合が高く、直接支払いの配分で格差が生じました。こうした不平等を解消するべく、支払い額が平均より低い国では増額を行う、第2の柱の予算から5%までを第1の柱に振り分ける権限を認めるなど、平準化への改善がされています。

しかし、ドイツやチェコといった大規模農家の多い国からの強い反対もあり、格差の平準化は不十分なままであるという指摘もなされています。

SDGs時代の2023年版共通農業政策

共通農業政策は制度開始以来、EUの農業を守るための2つの柱を基盤としながらも、時代の流れやEU内外の状況に合わせて改革を行なってきました。

その結果、現在の共通農業政策は

  • EU予算の割合と直接支払いを縮小し、第1の柱<第2の柱にシフト
  • 環境保全と気候変動対策を重視し、持続可能な農業を指向
  • 価格維持や補助金は最小限にとどめ、市場での競争力を強める
  • 加盟国それぞれの権限や裁量が増え、その分責任も重くなる

といった、より自由主義的な経済に適応するための政策という色合いが強くなっています。

そしてこの資本主義経済とSDGs(持続可能な開発目標)が提唱される時代に、より適した答えを求めて策定されたのが今回の2023年版共通農業政策です。

2023年版では何が変わった?

2023年から始まった新しい共通農業政策では、冒頭にあげた10の目標の達成を目指しています。では、そのための具体的な内容はどのようになっているのでしょうか。

特徴①より環境に優しく

EUの農業政策は、持続可能な農業を目指して環境や気候変化対策に占める予算の割合を増やしてきました。そして今回の改正でも、環境重視の姿勢はより強く打ち出されています。 

その取り組みを支えるのが次の3点です。

  1. 欧州グリーンディール(EGD:European Green Deal)への貢献
  2. エコスキーム
  3. Farm to Fork(農場から食卓まで)

1.は、欧州グリーンディールに対してより大きな貢献をする農業者に支援を強化するものです。そこでは「すべての農場で、耕地の少なくとも3%は生物多様性と低生産性に配慮、7%を達成するために環境保全計画を通じて支援を受けられる」などの措置が取られます。

2.のエコスキームは、直接支払い予算の少なくとも25%が環境保全計画に割り当てられるもので、動物福祉の改善、気候と環境に優しい農業慣行や取り組み(有機農業、農業生態学、炭素農業など)へのより強力なインセンティブを含みます。

3.のFarm to Forkは、持続可能な食料生産の確立への取り組みです。具体的には、①フードシステムの回復力強化、②食の安全保障確保、③競争力と持続可能性の両立、を可能にすることです。

このほか、農村振興政策予算では少なくとも35%を気候変動、生物多様性、 環境保全、動物福祉関連の支援策に、環境保全対策への支出のうち少なくとも15%(現行は10%)を、果物や野菜の分野に、共通農業政策予算の40%は気候変動対策に配分するなど、意欲的な目標設定がなされています。

特徴②より公平に

直接支払いが縮小されているとはいえ、農業は気候や災害、紛争など不確定要素に大きく影響されます。公共財としての食料の安定供給のためにも、直接支払いによる所得保障と市場からの所得とのバランスは必要です。

この政策では、

  • 直接支払いのうち、少なくとも10%を再分配所得支持へ
  • 意欲的な農業者が特定のEUの支援を受け取れる
  • 兼業、複業農家が支援から除外しない
  • 小規模農家への支援も行う
  • 農場での労働条件を改善するためのインセンティブ
  • 若い就農者に対して直接支払い予算の少なくとも3%を配分
  • 男女平等と女性就農者の増加

などを取り決めています。

特徴③より高い競争力を

市場において、農業者自身が強い競争力や交渉力を持つようにすることも、近年重要視されているテーマです。ここでは、

  • 欧州およびそれ以外の需要に対して供給を一致させることを奨励
  • 危機対策として年間4億5,000万ユーロもの新しい金融準備金
  • 特定ルールの下でワイン部門の支援を改善

などのような措置が取られています。

日本が参考にできることは?

今回提示された新しい共通農業政策は、日本のこれからの農業でも参考になる点が少なくありません。特にこれから日本で展開される「みどりの食料システム戦略」にとって、EUの環境保全対策は大いに見習うところがあります。

環境保全型農業対策

EUが日本に先んじている政策が、環境保全や気候変動対策です。

欧州では早い段階で環境保全型農業が制度化された反面、いまだ自給率向上が課題の日本では生産効率化と環境保全の両立は容易ではありません。

そのため農林水産省が推進する「みどりの食料システム戦略」でもAIや IoT、スマート農業などの技術革新に過度に期待しがちな傾向があります。

そんな中、日本がEUの事例から学ぶべきこととしては

  • 「持続性」の概念を明確にすること
  • 有機農法や総合的防除など在来の農法にもより強いインセンティブを与えること
  • モニタリング・評価のしくみや制度の実施プロセスを整備すること

などがあげられます。それぞれの状況や背景の違いもあるため、一概にすべてを見習うことは難しいですが、環境に対するEUの長年の取り組み実績は注目すべきです。

攻めと守りの農業振興

市場競争力を強めているEUの農業政策は、付加価値の高い農産物を海外に展開したい日本の農業にとっても見逃せません。積極的な研究や技術、インフラ投資を行い、安全で高品質な農産物の生産を行って価値や交渉力を高める一方、労働環境の整備や意欲的な農家を守るための経験も蓄積されています。これらの知見を日本の農業にうまく取り入れることも、みどりの食料システム戦略を成功させるカギと言えるでしょう。

まとめ

EUの共通農業政策は、複数の国々の利害の対立や、世界情勢・時代の変化を乗り越えながら欧州の農業の舵取りを行なってきました。2023年の新しい政策にこぎつけるまでにもさまざまな困難や問題があり、その答えも決して最良というわけではありません。

しかし、60年にわたる共通農業政策の歴史には、欧州の広い大地の農業と農家を支えてきた知恵と経験が備わっています。これから5年間のEUの農業に、大いに注目していきたいと思います。

参考資料

EUの農業政策 – 農林水産省

CAP overview (europa.eu)

CAP at a glance

New CAP: 2023-27 (europa.eu)

Key policy objectives of the new CAP (europa.eu)

Microsoft PowerPoint – ②201019 公使HP決裁時修正版 大使引継資料 【HP掲載資料案】200922次期CAP概要 (emb-japan.go.jp)

新たなEU共通農業政策 (CAP)の特徴|Japan Dairy Council No.597

平澤明彦:欧州グリーンディールは共通農業政策(CAP)を変えるか/農業経済研究 第93巻,第2号,172-184,2021

羽村 康弘:第4章 EUの共通農業政策(CAP)の変遷における政策的要因等の検討 ―農産物貿易政策を中心に―/農林水産政策研究所 [主要国農業戦略横断・総合]プロ研資料 第10号(2019.3)

礒野 喜美子:共通農業政策(CAP)改革の歩み/『日本EU学会年報』第23号,pp.251-277 平成15年

日本・EUの農業環境政策の経緯と課題 (ndl.go.jp)

EU 共通農業政策(CAP)の展開と課題 – 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

EUの新共通農業政策(CAP)改革 の概要と実施状況 – 農林水産省

ルーラル電子図書館―農業技術事典 NAROPEDIA

みどりの食料システム戦略トップページ – 農林水産省

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